#一行屋敷

了『ところで我々はこうして怪しげな屋敷から生還できたからこそ、こうして怪談を語れる訳ですが、我が主がなぜ不機嫌かと申しますと結局、宝箱は見つかれど既に金銀の類は消えてしまった後だったと、そういう事情からでございます』

 

◆ この刀は危険極まりないと専門家の研屋が洋館内にあった何振りかの刀剣を確保していた、しかし最近早朝、武者出で立ちで滅茶苦茶に刀を振り回す研屋を見かける度に奴ひとりで妖刀の管理をさせるんじゃなかったと反省している。

 

◆「あーあ、だからアタシが着替えてる時に覗かないでねって言ったのに」

 

◆ ずっと玄関ホールに置いてある古びたボストンバッグの中身を確かめようと覗き込んだ奴らが全員姿を消しているのに最近ようやく気づいたところだ。

 

◆ 日付が変わる瞬間に水を張った銀の皿を覗き込むと今の自分にとって必要なものが見えると聞いたのに肝心の銀の皿と水を汲める場所がみつからない、さっきまであった僕の両目はどこへ行ったんだ?

 

◆ 夜の深さを唇で確かめるために目を瞑ってコップへ注いだ水を探っていると、鏡の向こうから自分の手が伸びて肩を掴まれた。

 

◆ この星を侵略しにやってきた火星人が八本の脚を忙しなく動かして全ての部屋のドアを叩いていくのは僕しか見ていないけど本当に本当の話だよ。

 

◆ 酔っ払った酒屋が廊下の向こうへ千鳥足で消えていく、危なっかしいその背中へ声をかけると、素面の酒屋が背後から返事をした。

 

◆ 前世で約束を交わした者ですと窓を叩いてきた奴が居たんだが、ここは五階だし、そもそも俺には前世なんか無いので誤解だと追い払った。

 

◆ 刻一刻と移り変わる空の色を正確に一枚のキャンパスへ写し取った鬼才の画家は、次なる題材にこの世全ての人間の顔を定めたという噂だが、なぜそんな話が屋敷内でもちきりになっているのだろう。

 

◆ どこにも行ってはならないのと、どこにでも居なければならないというのは果たしてどちらが不自由なのか、そのテーマを扱った論文を書庫で読み漁っていたのだが、同じ著者の本は全て結論を語るページだけ破り取られている。

 

◆ 鏡の向こうには誰もいないと教えてくれてありがとう、それなら今度一緒に確かめてくれないかな、だって一人で階段の踊り場にある姿見を見ると決まって鏡像は違う動きをするんだよ。

 

◆ 人生で一番できの良い目玉焼きの黄身が、こんなにきれいに作ってくれてありがとうと明るい声で語りかけてきたが、塩胡椒を振りかけてやると黄色い目玉を真っ青にさせてそれっきり何も言わなくなった。

 

◆「おはよう、今日という日は文字通り今という日だが、本当に新しい日だと思うかい?」

 

◆ 扉の隙間から、この部屋には誰も居ませんと書かれた紙が出てきた。

 

◆ おい古物屋、聞いてくれよ大変なんだ、俺が二人居るんだ、さっき廊下の曲がり角で出くわしたんだよもう一人の魚屋に、そいつまるで菓子屋みたいな喧しい笑い声あげてどこかに行っちまってよ、なんなんだ、他の連中は俺の方を指して菓子屋だとか言いやがるし──え、鏡は今日まだ見てないぜ、それがどうかしたか?

 

◆ 大斧に盾まで持って鶏小屋へ入ろうとする案内屋を全員が笑っていた、数分後、満身創痍で出てきた彼が、盾の代わりに剣を持って再び小屋へ入るのを見て、もはや誰も笑えなかった。

 

◆ 四六時中、喪服を着ている辛気臭い奴が一人居るんだが、そういえばいつもこっちに背中を向けていて、誰もそいつの顔を見た事が無いのに初めて気づいた。

 

◆ 廊下に並んだ古びた肖像画達が、卑しい笑みを浮かべて口々に自分の死に様を語り始めた。

 

◆『時に我々は現実ではなく、空想を見て未来を予測する』という金言を残した果物屋は、もう既に帰らぬ人となっている訳なんだが。

 

◆ やあ、おはよう、ところで朝起きたらおれの前歯が四本もなくなってたんだけれど、きみは、どこかでみなかったかな、おれの前歯。

 

◆ この階段には終わりが無いんだ、上っても上っても続いてる、僕はこうして段差に挑み続けてかれこれ一週間になる、どこにも行き着きはしないのに、どうやってあんたは下りてきたんだそんな何でもないような顔で?

 

◆ 今まで窓だと思って眺めていたのが、ただの精緻な絵画であると気づいてしまった者から、順番に発狂していった。

 

◆ 子供部屋の木馬が本物の馬になって駆けていき、それを追っていた肉屋は「今夜は美味い子馬のステーキをご馳走してやる」という内線電話を最後に消息を絶った。

 

◆ 植物園で林檎の木を見上げていた果物屋が血を流して倒れている、執拗に頭を目掛けて二十四個の赤い果実が降り注いできたようだ。

 

◆ やってられるかよ、こんな化け物屋敷にあと一秒だっていられるか!という剥製屋の叫びが木霊する、唾液を絶えず滴らせる玄関のドアを無理やりこじ開けた彼の末路は、ここから無事に出られたら語ろう。

 

◆ 後ろ手に閉めた扉の向こう側で、鍵のかかる音がした。

 

◆ バーカウンターでウィスキーを飲んでいると、あちらのお客様からですと声がして、切りたての新鮮な手首がテーブルを滑ってきた。

 

◆ 窓越しに墜落していく天使が見えたが、その光景を見るのはもう今週で三度目だった。

 

◆ ここでお給仕を始めてからもう随分経つんだけど一回も外へ出てないし、入ってきた人が自分の足で出てった所も見た事が無いなあと、陽気な菓子屋はミートパイを切り分けながら無邪気に笑った。

 

◆ 砂時計の部屋に滞在している客とは一切面識がないのだが、俺が部屋の前を通ると決まって扉の隙間から、息を殺してこっちを覗いてくる。

 

◆ 金銀財宝眠る郊外の洋館では奇妙な事ばかり起こるらしい、引き留めてくる執事を引っ張って乗り込んだまではいいんだが、玄関のドアから外へ出たはずなのに再び玄関ホールへ戻ってきちまった時には、この仕事は長くなるなと俺の勘が囁いたもんだよ。